ムカシのミライへ。

箱根の古民家移築ライフスタイルF(フューチャー)

神奈川県 箱根の気仙大工の家

  • 経緯

1990年代後半:経済成長期でモダンで便利な住宅を目指した結果、日本から姿を決していく古民家。

一つでも多くのその魂を救わなければと思い、東北を中心に仕事の合間合間に解体予定の古民家を探しながら妻と旅を5年ほど続ける。

その中で岩手の大和魂感ずる人を包み込む奥州古民家にたどり着く。そこで気仙大工のダイナミックな構造物に胸を打たれる。

2002年:解体焼却や部分売却の前に移築をしなければと決心。同時に建築家のアドバイスととも箱根を尋ねる。

優れた情報入手のためJMRAに入会した。岩手中心に解体予定の古民家をコーディネータと探しまわり藤沢町の家を見つけ、

現地でオリジナルの家屋の構造を調査し図面に落とし込む。

2004年:当時古民家再生移築の理解者が少ない中、奇跡のプロジェクトをなんとか実現し今に至る。

また古木運送には私の仕事で家屋発見後に知り合ったこれも奇遇の岩手出身の亡き友人に力を借りることができた。

2008年~2014年:東京と箱根を往復し、仕事と古民家暮らしのバランスを模索

2013年〜:東京から箱根に移住し現在はアートと企画デザインを手掛け

古民家観察家を目指しライフスタイルデザイナーとし活動を開始している。

2011年:移築後、東日本大震災で気仙大工の建物を喪失していたことを知り残念に思い落胆した。

現在、日本の古来からの技術とともに未来への循環経済的アプローチを広めて行かなければという思いに至る。

  • ワークエリア                  Teleworkと住み方
  • ジャンル                        古民家移築再生

イーハトーブを育んだ奥州幕末の古民家を「箱根愛と岩手愛」が移築させた。

岩手の古民家との密かな約束。「岩手文化様、ここにおいで頂きまして本当にありがとうございます。」

千九百年代後半の日本は木造民家から新たな建築への脱却を目指していました。背景として高度経済成長が推進させたモダンな3LDKを中心とした造りや高層マンションがブームになったことです。私たちが生活する家屋という心の拠り所を、高度経済成長は廃仏毀釈運動のように伝統的木造建築を解体させて行きました。

残念なことに明治維新や戦争や平和の歴史を記憶してきた堂々とした古材は解体され燃やされたり捨てられまたは一部材料として海外に輸出されたり大半は消滅して行く運命でした。その時代背景のなか日本古民家を残すべく情報がないなか暇を見て合間合間に伝統スタイル家屋を探し求め旅と調査探索をして参りました。そこで分かったことは好きな古民家は豪雪地帯の所に多かったことです。また地方独特のスタイル様式が存在し人々の生活や仕事に密接に寄り添っていたことでした。また農業を中心とした粘り強い文化は建物にも影響を与えていました。殿様ではない平民の家は簡素ではありますが質実剛健な作りを生み出しました。その構造や佇まいは大和魂に大きく影響を与えて来たことだろうと思いました。当時マンションブームの中では衝撃的な倭の感動を覚えました。

 

藤原氏は京から奥州に向かわさせられた時、有能な大工集団を引き連れて行きました。彼らはその地に普段農民として根付き、求めに応じ神社仏閣はもちろん船までも気仙地方で作られ文化向上に寄与してきたそうです。このことを在方大工集団と呼ぶそうです。その後、岩手は宮澤賢治、石川啄木を育ました。雪深い北国で形成された寡黙で辛抱強い、岩手県民性は古民家にも現れています。釘を使っていない大きな梁と柱の組み合わせはどのようにして重機がない幕末時に作り上げたのだろうかと今の建築物には見られない美しさと知恵の結晶を感じさせます。

 

また箱根へは幼い頃、修学旅行で訪れたり社会人でドライブで訪れその国立公園の環境に魅了されました。東京、神奈川でも歴史ある箱根はインフラストラクチャーが国内でも比較的しっかりしている場所です。(上の図面は古民家に対するイメージで、マズローの五段階を応用したものです。)

岩手からのHAKONE古民家二階からの眺望。

Telework+IoT Mindfulness Co-Creating Space

箱根のムーブド ジャパニーズ ヴィンテージ ハウス。

箱根と言わず斜面環境八割の日本国土。しかし風光明媚な斜面エリアには価値が存在します。建築はロケーションが大切。箱根五エリアの内、元箱根は箱根らしい場所を醸し出しています。正面は富士山、芦ノ湖、箱根神社を望む。傘型の山である屏風山に逆さ富士地区という富士山を鏡のように芦ノ湖が映し出す箱根らしいエリアが存在します。国民的大イベント箱根駅伝のオープニング映像に使われ、また浮世絵で歌川広重 東海道五拾三次の箱根 湖水図は多分ここをスケッチしました。また国道一号線の箱根駅伝の五区では箱根神社を背に元箱根港の前を通過し恩賜箱根公園そして杉並木、関所を通過し感動的な往路ゴールもあります。その先には芦ノ湖に隣接する森のふれあい館も存在していてマイナスイオン効果で疲れを吹き飛ばします。

 

交通インフラは元箱根から小田原へは車やバイクで4つのアプローチがあります。一つ目は国道1号線。二つ目は箱根新道。三つ目は旧街道。四つ目は箱根ターンパイク。さらにもう一つ東名高速で御殿場で降り乙女峠を抜け仙石経由でという合計5つのアプローチが存在する便利なエリア。小田原へは車で25分強。東京で例えれば恵比寿から新宿程度の時間です。そして小田原、新宿は1時間ちょっと。新幹線では30分で品川。つまり山の中からいきなり都会にドアートゥードアで1時間弱にて仕事に合流できる。これは全くワープ体験。

また車で東京から夜間、箱根に帰るときは旧道の途中に夜中11時までオープンしている日帰り温泉に立ち寄り源泉に入ることができるのも箱根のメリット。

 

元箱根という地名は元々の箱根の意味だそうで熱海、沼津、御殿場へは車で30分で移動可能な箱根のおヘソのような場所です。朝は芦ノ湖と九頭龍の神様に挨拶し、熱海のワンタンを昼に食べにいき、夕方は御殿場や小田原のサウナにいくことは楽しみです。

思い出

今は亡き友人岩手出身のH君、180年前の岩手古民家を解体しバラバラにしてからその古材を箱根の逆さ富士地区に運搬することを急遽お願いすることになった。仲間に声をかけてくれさすが、全てを一週間でこなし箱根の受け入れの場所まで綺麗にきっちり運んでくれた。ありがとう! 

そして未来へ。

ここ元箱根は4Gの電波状態を改善する必要性がありました。どのキャリアでもアンテナレベルが低かったのです。そこで電波の強度測定をし改善を施してきました。現在はこの古木に見えない角度で家中に神経のようにケーブルが張り巡らされ、大変改善しています。電波が強いということは未来へのインフラの確保と同じです。未舗装の細い道が片側三車線の舗装道路に変わったようなものです。世界中の色々な情報と接触でき快適です。今後はさらにIOTとのコラボワークで暮らしと働き方、屋外、室内の環境整備を目指します。