ムカシのミライから始める。

未来への古典。世界に誇る技術を、弛まず絶やさず。

箱根の古民家移築ライフスタイルF(フューチャー)

神奈川県 箱根の気仙大工の家

  • 経緯

1990年代後半:経済成長期でモダンで便利な住宅を目指した結果、世界に冠たる技術を誇る伝統古民家は日本から姿を決していく。

一つでも多くのその魂を救わなければと思い、東北を中心に仕事の合間合間に解体予定の古民家を探しながら妻と旅を5年ほど続ける。

その中で岩手の大和魂感ずる人を包み込む奥州古民家にたどり着く。そこで気仙大工のダイナミックな構造物に胸を打たれる。

2000年:解体焼却や部分売却の前に移築をしなければと決心。

同時に東京の建築家のアドバイスととも箱根逆さ富士を尋ね素晴らしいロケーションに敬服する。

その後の移築再生への見込み考慮を前提に古民家の情報を建築家に取得していただく。

2001年:さらに優れた古民家情報入手のためJMRAを知り入会した。

岩手中心に解体予定の古民家を古民家移築再生建築が専門の東北エリアのコーディネータと探し始める。

岩手県藤沢町の茅葺、寄棟真家建(まやだて)の家を見つけ、

現地でオリジナルの家屋の構造を別途、民家建築研究所が調査し図面に落とし込む。

また現地藤沢の家では複数の大学学生も参加し、他の建築文化研究学者も木造強度など同行追加研究調査も行われていた。

持ち主の口伝によると解体当時で約170年前の家。現在から180年前強の建物となり江戸末期。

2002年:移築先候補の逆さ富士の土地は国土計画より希少かつ利用方が多いとのことで入手決定。

その後、地盤調査等を経て斜面への移築設計開始。

2004年:このような一筋縄ではいかない過程を経て、当時として考えれば古民家再生移築の理解者が少ない中

奇跡のプロジェクトを東京の建築事務所と地元工務店そして民家建築研究所が現場古木組み立て指示で実現し今に至る。

また古木運送には私の仕事で家屋発見後に知り合ったこれも奇遇の岩手出身の亡き友人に力を借りることができた。

2008年~2014年:東京と箱根を往復し、仕事と古民家暮らしのバランスを模索

2013年〜:東京から箱根に移住しアートと企画デザインを手掛け活動を開始。

2011年:移築後、東日本大震災で気仙大工の建物を喪失していたことを知り残念に思い落胆した。

現在、日本古来からの技術が未来へ循環的に発展していく活用と開発を広めて行かなければという思いに至る。

岩手の気仙大工の古民家が、ほぼ完全な骨組みで神奈川 箱根に存在出来たことは、関係者皆様の努力と奇跡の賜物だと思います。

  • ワークエリア                 働き方と住み方
  • ジャンル                        古民家移築再生

現地調査と写真

所持している紙資料より。素晴らしい気仙大工の家の構造がわかります。岩手藤沢町の農家さんの移築前の調査写真と現地オリジナルの構造の図面起こしです。

イーハトーブを育んだ奥州幕末の古民家を「箱根愛と岩手愛」が移築させた。

岩手の古民家との密かな約束。「岩手文化様、ここにおいで頂きまして本当にありがとうございます。」

千九百年代後半の日本は木造民家から新たな建築への脱却を目指していました。背景として高度経済成長が推進させたモダンな3LDKを中心とした造りや高層マンションがブームになったことです。私たちが生活する家屋という心の拠り所を、高度経済成長は廃仏毀釈運動のように伝統的木造建築を解体させて行きました。

残念なことに明治維新や戦争や平和の歴史を記憶してきた堂々とした古材は解体され燃やされたり捨てられまたは一部材料として海外に輸出されたり大半は消滅して行く運命でした。この民家が姿を消すということは、日本のその地の生活や文化、生き方が失われるということです。その時代背景のなか日本古民家を残すべく情報がないなか暇を見て合間合間に伝統スタイル家屋を探し求め旅と調査探索をして参りました。そこで分かったことは好きな古民家は豪雪地帯の所に多かったことです。また地方独特のスタイル様式が存在し人々の生活や仕事に密接に寄り添っていたことでした。また農業を中心とした粘り強い文化は建物にも影響を与えていました。殿様ではない平民の家は簡素ではありますが質実剛健な作りを生み出しました。その構造や佇まいは大和魂に大きく影響を与えて来たことだろうと思いました。当時マンションブームの中では衝撃的な倭の感動を覚えました。

 

藤原氏は京から奥州に向かわさせられた時、有能な大工集団を引き連れて行きました。彼らはその地に普段農民として根付き、求めに応じ神社仏閣はもちろん船までも気仙地方で作られ文化向上に寄与してきたそうです。このことを在方大工集団と呼ぶそうです。その後、岩手は宮澤賢治、石川啄木を育ました。雪深い北国で形成された寡黙で辛抱強い、岩手県民性は古民家にも現れています。釘を使っていない大きな梁と柱の組み合わせはどのようにして重機がない幕末時に作り上げたのだろうかと今の建築物には見られない美しさと知恵の結晶を感じさせます。

 

また箱根へは幼い頃、修学旅行で訪れたり社会人としてドライブで訪れその国立公園の環境に魅了されました。東京、神奈川でも歴史ある箱根はインフラが国内でも比較的しっかりしている場所です。(上の図面は家屋と風土に対する私のイメージで、マズローの五段階を応用したもので建築という科学とアートの関係を表す。)

岩手からのHAKONE古民家二階からの眺望。

箱根のムーブド ジャパニーズ ヴィンテージ ハウス。地方で暮らし働く、逆デュアラー。

箱根湯本入り口から芦ノ湖方面を望む。Google Earthより

 多種多様な要素がある箱根。ケンペル・バーニー氏が世界に紹介した動植物や温泉そしてアートスポット、パワースポット、そして峠。これらは自転車チャレンジ、プロアマチュアランナー、リラクゼーションやセラピーを愛する人、観光客が惹かれる要素でしょう。また古来より日本人は山や森に魅力と生活のために住み集まったそうです。箱根と言わず山林の斜面環境八割の日本国土。気がつけばこの箱根の風光明媚な斜面エリアにも価値を感じ取りました。そういえば建築にとってロケーションも要素。箱根五エリアの内、元箱根は箱根らしい場所を醸し出しています。正面は富士山、芦ノ湖、箱根神社を望みます。

 

傘型の山である屏風山近辺に富士山を鏡のように映す芦ノ湖を見下ろす国土計画が開発した由緒正しい箱根らしいエリアが存在します。逆さ富士地区やドンキン地区とも言います。考えればスカイツリーより高い所に広大な湖が存在していることは太古からの大自然の奇跡です。芦ノ湖に映る富士山は国民的大イベント箱根駅伝のオープニング映像に使われ、また浮世絵で歌川広重 東海道五拾三次の箱根 湖水図は多分ここをスケッチしたはず。また国道一号線の箱根駅伝の五区では箱根神社を背に元箱根港の前を通過し恩賜箱根公園そして杉並木、関所を通過し感動的な往路ゴールもあります。その先には芦ノ湖に隣接する森のふれあい館も存在していてマイナスイオン効果で疲れを吹き飛ばします。

 

しかし国立公園の景勝地であり多くの素晴らしい前例建築や山のホテルが存在する元箱根周辺と言えども、このプロジェクトは移築と斜面の絶妙な関係が求められます。結果、建築事務所と当時右腕アシスタントさん、工務店や関係者皆様の努力の賜物で岩手との素晴らしいハーモニーの古民家移築再生Fが誕生しました。

 

交通インフラとして元箱根から小田原へは車やバイクで4つのアプローチがあります。一つ目は国道1号線。二つ目は箱根新道。三つ目は旧街道。四つ目は箱根ターンパイク。さらにもう一つ東名高速の御殿場で降り乙女峠を抜け仙石経由でという合計5つのアプローチが存在する便利なエリア。小田原へは車で25分強。東京で例えれば恵比寿から新宿程度の時間です。そして小田原、新宿は1時間ちょっと。新幹線では30分で品川。つまり山の中からいきなり都会にドア トゥ ドアで1時間ほどで仕事に合流できる。これは全くワープ体験。

また車で東京から夜間、箱根に帰るときは旧道の途中に夜中11時までオープンしている日帰り温泉に立ち寄り源泉に入ることができるのも箱根本拠地で都会は別荘的にという逆デュアラーとしては嬉しい。

 

 元箱根という地名は元々の箱根の意味だそうで熱海、沼津、御殿場へは車で30分で移動可能な箱根のおヘソのような場所です。朝は芦ノ湖と九頭龍の神様に挨拶し、熱海のワンタンを昼に食べにいき、また夕方は御殿場や小田原のサウナにいくことは箱根の温泉施設とともに楽しみの一つです。

オリジナルの古民家の図面を元に建築家が再アレンジデザインした設計図。

依頼の本質を汲んで頂きほとんど全ての古材はオリジナル通りです。

気仙大工は普段は農業を営んで集団で暮らしていた。ほとんどの木材は当時の建主の裏山近辺から採取した。

クリやカシの木などから大きな木材を手斧で創り出した。

地産地消。贅沢は言えない。曲った木は曲ったなりに理に叶った使い方をする。

湾曲した大きな木材はアーチダムのように豪雪の重みに耐える構造木材。二重梁を多用した架構や貫の構成。

周囲のカットされている柱はオリジナルの家の所有者が移築以前にドアや窓などのためのもの。

上から下までの構造が見えるスタジオ兼エントランスに変化した気仙大工の豪壮な梁組は住む人を包み込む。

また堂々たる巨大コンクリ壁と棟木と通し柱のハイブリッド構造が屋根の重量を新たに請け負い、

さらにブレースで家全体の安定性と強度を現在の構造補強とし足している。

このように伝統的な民家の形式を基盤にしながら斬新な空間構成を試みている。

思い出

今は亡き友人岩手出身のH君、180年前の岩手古民家を解体しバラバラにしてからその古材を箱根の逆さ富士地区に運搬することを急遽お願いすることになった。仲間に声をかけてくれさすが、全てを一週間でこなし箱根の受け入れの場所まで綺麗にきっちり運んでくれた。ありがとう! 

そしてミライへ。

Telework+IoTEnergy = J Local Power 

ここ元箱根の逆さ富士地区は4Gの電波状態を改善する必要性がありました。どのキャリアでもアンテナレベルが低かったのです。そこで電波の強度測定をし改善を施してきました。現在はこの古木に見えない角度で家中に神経のようにケーブルが張り巡らされ、大変改善しています。電波が強いということは未来へのインフラの確保と同じです。未舗装の細い道が片側三車線の舗装道路に変わったようなものです。世界中の色々な情報と接触でき快適です。今後はさらに AIOTや5Gのコラボワークで暮らしと働き方、屋外、室内の環境整備を目指し箱根本拠地で東京別荘という新たな働き方と暮らし方を創り出すことです。

今や集いながら作業をするビジネスはIT技術でどこでも可能になりました。未来の予感の一つとして離れたエリア同士、坂道で移動を敬遠したくなる施設へも自動バスが夜遅くまで行き交うことが可能になれば一層楽しく快適になることでしょう。空間を超えて暮らし働くということです。下の動画はソフトバンクが研究している未来の一つです。地方メインと都市部はサブとする2拠点の「逆デュアラー」は一層活動しやすくなります。

 

これは地方本拠地でありそして逆に都会は別荘的にというローカル最適化をうながしワークアズライフという、元々の日本人的生き方を引き出します。そして最適化への先には新たな住まい方、働き方への創造があり J Local Power と成るはずです。これは「イナカの力」を引き出すという造語です。それとともに一極集中から地方を楽しみ営むことが、この箱根の気仙大工古民家のムカシのミライです。近代建築という役者は一世代で終わる事例が多いと思います。しかしこの移築再生古民家Fは役者ではなく台本です。場所を変えても新しいものに変化を遂げて古典は、古典として輝くと考えます。そして何世代も引き継ぐ未来への台本です。